熊本地方裁判所 昭和54年(ワ)497号 判決 1981年3月31日
原告 青木春来こと 金春来
右訴訟代理人弁護士 安武敬輔
被告 協栄生命保険株式会社
右代表者代表取締役 亀徳正之
右訴訟代理人弁護士 関口保太郎
右同 関口保二
右同 武田信秀
主文
被告は、原告に対し、金五〇〇万円と、これに対する昭和五三年五月二八日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は、被告の負担とする。
この判決は、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文と同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告(現在の通称青木春来、結婚以前の通称西江春来)の母亡李禎連(通称西江静子、以下「亡李禎連」という。)は、昭和五〇年六月一三日、被告との間で、左記のとおりの保険契約を締結し(以下「本件契約」という。)、同日、被告に対し、金九五二〇円を支払った。
記
(一) 保険金 金五〇〇万円
(二) 保険料 毎年掛金一一万四二四〇円
(三) 払込期日 毎月末日
(四) 保険契約者 亡李禎連
(五) 被保険者 亡李禎連
(六) 被保険者死亡の場合の保険金受取人
原告
(七) 六三才受取りの養老保険
2 亡李禎連は、昭和五三年五月二七日白血病により死亡した。
3 よって、原告は、被告に対し、右保険金五〇〇万円と、これに対する亡李禎連の死亡した翌日である昭和五三年五月二八日から支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因事実は、全部認める。
三 抗弁
1 亡李禎連は、本件契約締結当時、渡辺外科医院(渡辺昭就医師)(以下「渡辺外科」という。)において、昭和五〇年三月八日急性咽頭炎、同日臍炎、同月一七日歯根膜炎、同年五月一四日口内炎・低血圧症の治療を受けていた(以下「本件不告知事実」という。)という重要な事実を告知しなかったことから、被告は、亡李禎連に対し、昭和五一年五月二五日付書面をもって、右告知義務違反を理由とする本件契約解除の意思表示のための通知をした(以下「本件解除」という。)。
2 亡李禎連が本件不告知事実をもし告知しておれば、このように短期間に身体の各所に炎症を生じたこと及び低血圧であること自体、それぞれ重要な事実であるから、被告は必ず渡辺外科へ問い合わせることによって、亡李禎連が昭和五〇年七月以前より口内炎を頻発し、そのため渡辺外科が血液疾患を考え専門医に紹介したこと及び血圧も一〇〇ないし五四という低血圧であったことが判明したはずであるから、本件不告知事実は、被告が本件契約を締結するか否か、あるいは被保険者選択方法についていずれの取扱いを採用するかを判断するための重要な事実である。
3 被告は、昭和五一年三月一九日亡李禎連から入院給付金の請求を受け、その請求書に添付された入院証明書の記載から、本件契約締結時における告知義務違反の疑いをもち、調査したところ、渡辺外科の医療証明書を入手し、右告知義務違反の事実を知り、本件解除をし、よって法律上入院給付金の支払義務は消滅したが、その際亡李禎連の代理人である夫西江龍明こと金龍明(以下「金龍明」という。)は、何回も被告と交渉したうえ、被告が、被保険者亡李禎連に同情して特別の配慮をもって、本件解除が有効になされたことを前提として、同年七月一日亡李禎連に対する入院給付金相当額金六〇万円支払ったところ、右前提を了承のうえ、同金員を受け取った。したがって保険契約者亡李禎連も本件解除を承認していた。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁第1項中、本件不告知事実が重要な事実であることは否認し、その余の事実は認める。
2 同第2項中、本件不告知事実が、被告において本件契約を締結するか否か、あるいは被保険者選択方法についていずれの取扱いを採用するかを判断するための重要な事実であったことは否認し、その余は争う。
すなわち、亡李禎連は、昭和五〇年六月一三日本件契約を締結し、その後同年九月ころ渡辺外科で虫垂炎の手術をし、出血が止まらないので、熊本大学医学部付属病院において精密検査をしたところ、同年一二月白血病と判明したのであって、白血病には急性と慢性の症状があり、急性の主な症状は出血が止まらないとか、貧血とかであり、また慢性の主な症状は、内臓(肝臓・脾臓)が肥大化し腹が出てきて腹の膨脹感とか、腹痛とかであり、白血病に口内炎を伴うことがあるが、女性に多発する口内炎の原因は多様で白血病に特有かつ重要な症状ではないところ、亡李禎連が渡辺外科で治療を受けたのは、昭和五〇年三月八日が風邪、同月一七日が虫歯、同年五月一六日が、それぞれ程度はひどくない口内炎・低血圧であったのであるから、本件不告知事実は、いずれも重要な事実ではない。
3 同第3項中、亡李禎連が、昭和五一年七月一日被告から金六〇万円の支払いを受けたことは認めるが、右支払いが、本件解除が有効になされたことを前提とし、これを了承したうえでなされたことは否認する。
五 再抗弁
被告会社人吉支部長宇都宮正明、同見習社員中村哲郎は、昭和五〇年六月初旬、金龍明及び亡李禎連夫婦宅を訪問し、金龍明に対し保険加入を勧誘したが、金龍明が、「昭和五〇年五月いっぱい二五日間くらい腰痛で入院し、退院して間もない。」旨告げたところ右勧誘を断念し、その際かたわらにいた亡李禎連に対して同じく勧誘をしたので、亡李禎連が、自宅近くの渡辺外科に通院した事実を告知したところ、「そういうことは問題とならない。」旨答えて、その後も二回来訪し、その三回目には元看護婦も同伴して亡李禎連を検査したうえ、本件契約を締結したのであるから、被告は本件不告知事実を知り得たはずである。
六 再抗弁に対する認否
再抗弁中、宇都宮らが、その後も二回来訪したとの点、及び被告は本件不告知事実を知り得たとの点を除く、その余の事実は認めるが、亡李禎連が告げた事実は、若い時に「ブドウ子」(胞状奇胎)にかかったことがあるということ、昭和五〇年三月に風邪で通院したことがあったことのみであったので、宇都宮らは、二か月以上前の風邪であり、現在飲食業に従事しており、「別に身体に異常はありませんか。」という問いに対し、「ない。」という答えであったので、「問題はないでしょう。」と言ったのであって、通常、生命の危険の測定上は、重要な事実とはいえない腰痛による直前の一か月入院という事実を知って、勧誘を断念するという知識を有している宇都宮らが、仮に同年五月一四日以降、口内炎・低血圧で加療中ということの告知を受けておれば、亡李禎連についても勧誘を断念するか、少くとも外観上健康そうに見えたのであるから、医師の診査を受け、血圧を測定して貰ったうえでという勧誘に変更したはずである。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因事実は、全部当事者間に争いがない。
二 抗弁第1項は、そのうち本件不告知事実が重要な事実であることを除く、その余の事実は当事者間に争いがない。
三 そこで本件不告知事実が、重要な事実かどうかについて判断する。
被告は、本件不告知事実中、亡李禎連が低血圧であったこと自体、重要な事実であるし、本件不告知事実が告知され、短期間のうちに身体の各所に炎症を生じたこと、及び低血圧であることを知ったならば、必ず渡辺外科へ問い合わせることによって、亡李禎連が昭和五〇年七月以前より口内炎を頻発し、そのため渡辺外科が血液疾患を考え専門医に紹介したこと、及び血圧も一〇〇ないし五四という低血圧であることが判明したはずであるし、本件不告知事実は、被告が本件契約を締結するか否か、あるいは被保険者選択方法の各取扱いについていずれを採用するかを、それぞれ判断するについて重要な事実である旨の主張をする。
ところで生命保険契約において告知義務の対象となる重要な事実とは、生命の危険測定に必要なすべての事実をいうものではなく、同危険測定に重大な影響を及ぼすべき性質を有する事実をいい、それは生命保険契約の種類、条件、及び保険者、保険契約者、被保険者ら当事者関係事項等の諸事情を考慮に入れ、保険取引の通念に従った客観的基準に照らし、個々具体的な場合について重要か否かを判断すべきものであるが、一般的には、その事実が告知されたならば、保険者がその契約自体を締結しなかったか、あるいはその条件ではその契約を締結しなかったと客観的に判断される事実をいう(したがって被告主張の被保険者選択方法の各取扱いにおいていずれを採用すべきかを判断することのみに必要な事実は必ずしも重要な事実とはいえない。)のであって、被保険者の既往症、現症等については、契約締結当時までに、医師及び保険契約者、被保険者等のいずれかにおいて知っていた病名、病症に基づいて(もとよりその他の事項との関連も考慮されなければならないが)重要とされるもののみが、重要な事実であると解するのが相当である。
そして本件においては、本件不告知事実が、告知されたならば、被告が本件契約自体を締結しなかったか、あるいは前示条件で本件契約を締結しなかったことを直接的に証明するような証拠はない。
しかして《証拠省略》によると、(一)亡李禎連は、その主治医であった渡辺外科において、(1)昭和五〇年三月八日から同年四月一七日までくらい、喉が赤くなって鼻水が出るという急性咽頭炎、及び臍(へそ)の周りが湿潤したような湿疹みたいになって、汁気が少し出てくるという状態である臍炎で、(2)同年三月一七日には、歯科医から紹介されてくるもので、虫歯治療の一環である歯根膜炎で、(3)同年五月一四日には、当初はそうまでひどいものではなかったし、発症の頻度は多いが普通にあるもので、口腔の粘膜に潰瘍ができる口内炎、及び最大が一〇〇で最小が五四で頭重感、フラフラする感じがあるが、比較的には著しいものではないものの、一応はその部類に入ると診断された低血圧症で通院し、治療を受けていたこと、本件契約の始期同年六月一三日より後である同年七月ころ、渡辺外科の渡辺昭就医師は、たまたまアメリカからの文献を雑誌で読んだところ、白血病の場合、頑固な口内炎を伴うときがある旨の記載があるのを見て、亡李禎連が口内炎で何回も来院するため、軽い気持で、熊本大学医学部付属病院第二内科で血液部門を専攻したことのある、同町内の開業医に紹介したこと、亡李禎連は、同年八月一五日ころ韓国旅行から帰って、三日目くらいから食欲を失ったこと、渡辺外科は、同年九月五日、下腹部痛がある腹壁のヘルニヤと、慢性虫垂炎の手術を行ったところ、異常な出血があるため疑問が生じ、血液検査をすると白血球が正常時は八四〇〇程度のものが、手術後であることもあって、一万五〇〇〇程度あったが、白血病などは全く念頭に上らず、輸血によって出血は止ったこと、右大学病院第二内科は、同年一一月五日亡李禎連を初診し、同月一二日全部の精密検査を終了し、渡辺外科は、そのころ亡李禎連が慢性骨髄性白血病であるとの返事を受け取り、同時点において始めて右白血病罹患の事実を知ったこと、亡李禎連の夫金龍明は、同年一二月二二、三日ころ右大学病院の医師から右白血病罹患の事実を知らされ、他に知らせることを禁じられたこと、亡李禎連は、昭和五三年五月二七日右白血病により死亡したこと、(二)被告は、特別養老保険の被保険者選択方法の各取扱いを、事業方法書により、保険契約申込人、及び被保険者となるべき者から、被告所定の申込書、及び告知書の提出を受け、被告の社医又は嘱託医から、問査及び身体検査に基づく被告所定の診査報状の提出を受け、保険契約取扱者から調査報告書の提出を受け、さらに必要ある場合には、その他の調査を行なったうえ、これらの資料により、被告の定めた査定標準に従い被保険者を選択するが、(イ)団体の健康管理を利用する場合、(ロ)医師の健康診断書による場合、(ハ)検査員の検査報告書による場合には、被告の社医又は嘱託医の診査報状を省略することができ、ただし右(ロ)及び(ハ)については、保険金額が五〇〇万円の限度内で、かつ、被保険者となるべき者の契約年令が四九歳((ロ)については三五歳)以下の場合に限るものと定めていること、被告の告知書の告知事項の「既往症」の欄には「過去一〇年間に病気や怪我で一週間以上の治療をうけたこと、または休養したこと(含交通災害)、a伝染病・・・結核・梅毒、b新生物・・・癌・肉腫・白血病・筋腫、c精神・神経系・・・脳卒中・精神分裂症・てんかん、d循環器・・・心筋硬塞・狭心症・心弁膜症・リウマチ・高血圧、e消化器・・・胃・十二指腸潰瘍・肝臓・胆のう・膵臓の疾患、f泌尿器・・・腎炎・ネフローゼ・腎臓結石、gその他・・・糖尿病・喘息・貧血・むち打症・頭部腰部の障害および一週間以上にわたって医療をうけたこと、(傷病名)(発病・受傷年月)(治癒年月)(病状・治療内容・病院名)」との、同「現症」の欄には「現在具合の悪いところ、(あれば詳細)」との、同「過去一〇年間に血圧を測定したり、またはその際異常を指摘されたこと」欄には「①動機a定期健康診断b健康管理上c自覚症状ありd就職時、②受診年月日、③当時の血圧値最大・最小、④結果a特に異常なしbやや高めc医療指示あり」との、各記載があること、(三)被告会社人吉支部長宇都宮正明、同見習社員中村哲郎は、昭和五〇年六月初旬、金龍明・亡李禎連宅を訪問し、金龍明に対し「(金龍明が)昭和四三年ころ加入した保険の金額も少額であるし高額のに加入しないか。」などと勧誘したが、金龍明が「昭和五〇年五月いっぱい二五日間くらいヘルニアによる腰痛で入院し、退院して間もないが、自分でよいか。」と尋ねたところ、「それでは困るから、奥さん(亡李禎連)でも入らないか。」などと金龍明に対する勧誘を断念し、その際かたわらにいた亡李禎連に対して勧誘を始めたので、金龍明が「妻(亡李禎連)は日本生命にも加入しており保険金も高くなるのでこれ以上必要ない。」「妻(前同)は三月風邪で一〇日か二週間くらい渡辺外科にかかったことがあるが他にはない。」などと告げると、宇都宮正明は「そういうことは問題とならない。」などと答えて、その後二回目に来訪した際には世間話しをし、三回目には保健調査士豊永ツヤ子を同伴してきて亡李禎連について面接検査を了したうえ、同年六月一三日亡李禎連(昭和六年一一月一日生、当時四四歳)との間で、保険金額五〇〇万円の本件契約を締結したこと、(四)被告は、前示のとおり亡李禎連について前記大学病院が慢性骨髄性白血病の診断を下し、これを渡辺外科及び金龍明に告知した後である昭和五一年三月五日入院給付金(成人病特約分)の請求を受け、告知義務違反の事実の有無の調査に着手し、渡辺外科から、昭和五一年四月一二日付医療証明書を入手したところ、同証明書の「病名」欄には「(1)急性咽頭炎・・・五〇年三月八日、(2)臍炎・・・五〇年三月八日、(3)歯根膜炎・・・五〇年三月一七日、(4)口内炎、低血圧症・・・五月一四日」との、「既往症」欄には「五〇年七月以前より口内炎を頻発す、そのため血液疾患を考え専門医に紹介した事もあり、血圧も一〇〇ないし五四と低血圧であった」との、「初診時の症状〔検査及び治療の方法、結果等を含む〕」欄には「(4)口内炎、低血圧症について 口腔粘膜のビランを生じ易く又難治である、血圧は一〇〇~五四と低く、頭重感、フラフラする感じあり、時に顔面に軽い浮腫を生ずる事あり、治療は対症的に行っていたが前述の如く血液疾患の疑いあり熊本大学第二内科に紹介せり」との、「告知の有無」欄には「本人家族に病名を告げた 昭和五〇年五月一四日」との、各記載があったこと、被告は右調査結果を分析査定した結果「重要な事実」について告知がないとの結論に対し、被保険者亡李禎連の夫金龍明宛、「被保険者西江静子(注亡李禎連のこと)様は、渡辺外科医院(渡辺昭就医師)に於て昭和五十年三月八日急性咽頭炎、昭和五十年三月八日臍炎、昭和五十年三月十七日歯根膜炎、昭和五十年五月十四日口内炎、低血圧症の治療をしておられた為でございます。」との記載がある昭和五一年五月二五日付の告知義務違反を理由とする本件契約解除の意思表示のための書面を送付したこと、が認められ、右各認定を覆えすに足りる証拠はない。
右各認定事実を総合検討してみると、まず第一に、本件契約締結当時、仮りに本件不告知事実が告知されていたとしても、被告が渡辺外科へ問い合わせてみて判明したであろう事実は、本件不告知事実と、そのうちの低血圧の程度が一〇〇ないし五四であったという程度にとどまり、右不告知事実を、「短期間のうちに身体の各所に炎症を生じたこと」という形で、あるいは慢性骨髄性白血病の諸症状を示すものとして、各々意味付けできるような診断結果も、「亡李禎連が昭和五〇年七月以前より口内炎を頻発したため渡辺外科が血液疾患を考え専門医に紹介したこと」の事実も、被告が本件契約締結に際してのいわゆる危険選択の資料となる事実としてはとうてい入手するすべもなかった(かえって本件契約締結当時における渡辺外科の診断結果及び亡李禎連が自覚していた症状の各内容は、相互になんら関連もないところの、たんなる風邪、虫歯、誰にでも生ずる原因不明の口内炎、正常人との限界線上にある低血圧等であったから、そのようなものとして説明されたものと推測される。)(ちなみに前記大学病院第二内科が前記認定の時期に精密検査の結果診断したと同一の診断を、被告の社医又は嘱託医が本件契約締結時に下し得たかどうかは、たんなる想像の域を出ない問題であろう。)のであるから、本件において重要な事実かどうかの判断をなすべき告知義務の対象は、それぞれ亡李禎連の死亡原因となった右白血病自体、あるいはこれとの関連で事後的に意味付けされたような諸病症その他ではなく、本件不告知事実(ただしそのうち低血圧についてはその程度が一〇〇ないし五四であったものとしての、それら自体では生命の危険を惹起するに足りる疾患かどうかも判定し難いもの)そのものであると解するのが相当である(したがって被告の前記主張が前提としているところは、右の限りではその前提において理由がない。)ところ、(一)被告は、被保険者選択方法として、告知書等の提出を受けることが前提となって、被告の社医又は嘱託医の診査報状による場合を原則とするものとし、被保険者が健康管理を行なう一定の団体の所属員であるかどうか、保険金額が一定の限度以下でありかつ被保険者の契約年令が一定の年令以下であるかどうかにより例外的な場合を設ける定めを予めなしているが、右定めは、その規律事項・視角からして、直接的には生命の危険測定上必要な資料獲得の方法そのものに関するものであって、告知書の告知事項の告知の有無・内容に対応させ、生命保険の保険技術に照らして、保険契約を締結するか否かを査定するための基準として設けられたものでないことはもちろんであるばかりか、右告知の有無・内容の具体的態容に応じて、前記被保険者選択方法の各取扱いにおいていずれを採用すべきかを判断するための基準として設けられた趣旨のものと理解することさえも困難であること(二)およそ告知書の告知事項は、生命保険の保険技術について専門的な知識及び経験を有する保険者が、被保険者選択のため、生命の危険測定上必要な資料を獲得する目的でもって作成するものであるから、その限りにおいては、経験則上その事項自体を重要な事実と想定していたか否かを判断するうえにおいて、有力な判断資料の一つとなり得ることは否定できないものの、本件不告知事実のうち、低血圧を除く、その余の病名は、前記告知書の告知事項記載の具体的な病名及び病状のいずれにも該当しないし、低血圧についても同記載中に「高血圧」はあるが「低血圧」はなく、「貧血」はあるがこれが「低血圧」を主として指称するものと認めることには無理があり、要するに右告知事項の記載全体からして、それが明示的直接的に問題としているのは「高血圧」であって「低血圧」ではないのであるから、被告が本件不告知事実を予め重要な事実の事例として想定していたとまでは見ることができないこと(三)亡李禎連の本件契約の申込みは、被告の実質的な本件契約取扱者である宇都宮正明の偶然的契機による勧誘により始まり、毎回の保険料のくめんの関係で躊躇するのを説得して申込ませたものであり、かつ勧誘の際渡辺外科へ風邪で通院した旨の事実は告知されたのに対し、宇都宮は、その程度のことは問題とならない旨の返答をして、本件契約締結当時、自然な遣り取りのうちに本件不告知事実についての手懸りが与えられた(なお保健調査士豊永ツヤ子にもそれが与えられたと見ても必ずしも不自然ではない。)にもかかわらず、右本件契約取扱者自身、場合によってはこれが本件契約締結の査定等に影響を与えるなどその他重要な問題化するというような説明をしたり、そのような態度を示した形跡がないこと(四)なおたんなる保険者の事後的判断に関わる事項に過ぎないが、被告は、いうまでもなく本件不告知事実を重要な事実として、本件解除を決定しているものの、その際に告知義務違反の有無を分析査定するための基礎資料とした渡辺外科の前記医療証明書には、本件不告知事実を、実際は、本件契約締結後判明したに過ぎないはずである血液疾患の疑いや、(読み方によっては)慢性骨髄性白血病と、それぞれ関連させて意味付けしたような記載方法がとられ、しかもそれがあたかも本件契約締結前に、亡李禎連及び金龍明らに告知されていたかのような紛らわしい記載がなされていたことからすると、右決定に際して、本件不告知事実が「重要な事実」に該当するとした被告の右判断そのものにも、その前提事実の認識に誤りがなかったかどうか疑問を入れる余地があること等の諸事情に照らしてみると(たとえ宇都宮が、金龍明において昭和五〇年六月初旬「同年五月いっぱい二五日間くらいヘルニアによる腰痛で入院し、退院して間もない。」と言ったことから、金龍明に対する申込みの勧誘を断念したという経緯を考慮に入れてみても)、本件不告知事実が、既往症、現症等として、被告が本件契約自体を締結するか否か、あるいは前示条件で本件契約を締結するか否か、をそれぞれ判断するについて、保険者である被告が有したであろう判断基準上、これらを左右するほどに重要な事実であったことを窺知させるに足りるような合理的根拠はなく、ほかにこれを確定させるような資料はないので、いずれにしても被告の前記主張は理由のないものである。
ちなみに抗弁第3項は、そのうち亡李禎連が昭和五一年七月一日被告から金六〇万円の支払いを受けたことは当事者間に争いがないところ、右支払いが本件解除が有効になされたことを前提としこれを了承したうえでなされたことについては、《証拠省略》中にはそれぞれ右事実に副う部分が存在するが、右各部分は《証拠省略》に照らせば採用し難いものである。すなわち《証拠省略》によると、亡李禎連が不治の病である白血病に罹患しており、被告の本件解除を争えば亡李禎連が自己の病名に気付く恐れがあったため、これについては沈黙したまま右支払いを受けていたことが認められる。
そうすると重要な事実についての告知義務違反を理由とする本件解除の意思表示は効力を有しない。
四 以上のところよりすると原告の被告に対する本訴請求は全部理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 江口寛志)